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pseudo-philosophe’s diary

他人の目があると思わないとうまく文章書けないので公開設定にはしてますが、目と頭の毒になるかもしれないのでふらっと立ち寄ってしまってもささっとお帰りになった方がよいかもしれません

一人愛憎劇

自分可愛さに呆れている。

 

人間にとって罪や罪悪感というものは、特に後者の言葉のことをよく考えてみれば分かるだろうが、それらは感じるものにとってのみ存在するものであり、例えば人を殺したとしてもそれを罪だと思わない人間にとっては、あるいは信号無視をしても罪悪感を感じない人間にとっては、あってないようなものである。というか、ないのだ。だがそうでない場合もある。つまり、罪悪感や罪の意識を感じてはいるけれど、それらから解放される場合である。人間は案外忘れっぽい。忘れっぽくできている。過去の失敗や後悔を引き摺ったままでは今現在の、目先にある物事に集中できないからという理由からだろう。単純なのだ。感じなかったり、忘れたりするのだ。自分が何をしてきたのかを、自分が何をしでかしてきたのかを、簡単に忘れる。僕もその一人だった。

 

今日は昼過ぎに起きた。もういちいち枕詞のように書かなくてはいけないのが面倒なのだが、やはり昨晩眠れなかったから起きれなかったのである。眠れたのは朝の7時過ぎだったと思う。体内時計と太陽の傾きの間にずれがあると、なかなか行動力というものが湧いてこない。今日は食材の買い出しに行こうと思っていたのだが、その前にマイダーツを買いに行った。ハウスダーツは(それこそハウスダーツなのだから)店によって重さも長さも違う。となると毎回その店のものに慣れなくてはならないから時間がもったいないし、最初の2ゲームくらいはストレスフルなものになってしまう。

 

マイダーツを買うと言っても、貧乏人であることは重々自覚しているので最小限のコストで最大限の満足を得られるように事前にパーツごとの役割などを調べてから買いに行った。夕方くらいのことだったと思う。結果としては、ダーツハイブ仙台駅前店の僕より若そうな店員さんとうまく話せなくてとりあえず一番安いものを買うことになった。そのままようやく手に入れた自分だけのダーツの感覚をものにするために、何度か行ったことのあるダーツもできるインターネットカフェに行った。3時間ほど投げたところで早々に帰った。それが21時過ぎのことだ。人生初のハットトリックも出せたし、カウントアップのハイスコアも更新できたのでまずまずの収穫といったところだろう。良い買い物だったと思う。

 

食材の買い出しを後回しにしてしまったから、今からSEIYUで買うとしても家で調理するのは面倒なので適当に選んだらーめん屋で食事を済ませて、いつも行っている喫茶店(というかチェーンのカフェ)で一服してから家に向かった。途中で買い出しを済ませる算段だった。喫茶店でたばこを吸っている最中、ふと以前付き合っていた人たちにLINEでブロックされているのではないかと気になってしまったので確認することにした。僕はそういうSNSにおける小技みたいなものには疎いので、スマートフォンでその方法を調べた。女々しい行為だった。確認した結果、一人を除いて全員からブロックされていたことがわかった。「まあそういうもんなんだろうな」などとはじめは思っていたのだが、よく考えたら自分から別れを告げた相手だけがブロックしていたので、なんというか筋違いな被害妄想を逞しくしていた僕は途端に自分が最低な人間だということを思い知らされることになった。それから今までずっとそのことについて考えている。

 

全部自分の都合だった。別れた原因が相手にあるわけではなかった。全部僕の都合である。僕のわがままである。冷静に考えて、そう思った。同時にそういうだめな自分に酔いたい僕というものに目を向けなくてはならないことに気付いた。心の底から自分が嫌になっているときに、僕はそれでもなお自分を何とか愛そうとしていた。自分に酔うという形で。なんというか気持ち悪かった。いや、「なんというか」なんて言葉で濁すまでもなく気持ち悪い。素直に気持ち悪いのだ。過去の失敗とか、それについての後悔とか、そういうものをひっくるめて今の自分があることは確かなのだが、それに対する償いというか、相手に許してもらう許してもらわないの問題ではないのだろうが、それでも僕は何もしていなさすぎた。反省はしていても、反省を生かしていない。同じことを繰り返しているばかりだった。そんな自分にさえ、僕は愛情を注ごうとしている。そんな生き汚い自分が、ひどく惨めでみっともなくて、気色悪かった。

 

だいたい、こんなものを書いている時点でそうなのだ。文章にすることによって何とか自分を美化しようとしている。自分のことを精一杯悪く書こうとしている反面、落としどころを頭の片隅で探している。「これが自分なんだからしょうがない」とか、そんな無責任なことを言おうとしているわけではないけれど、「自分が嫌い」と言っているだけでは責任逃れと何も変わらないだろう。

 

「僕だって好きでこんな人間に生まれたんじゃない」

「僕だって好きで生き続けているんじゃあない」

 

そんなことを言おうとしているのだ。自分を傷つけることで自分を慰めようとしているだけだった。優しく傷跡をなぞり、同じように傷をなめ合ってくれる誰かを結局探している自分がいたりもする。生き汚いどころか欲にまみれてどろどろになっているのが、今の僕だった。今の僕であり、過去の僕なのだろうけれど。

 

そんなことを思っている僕は、もう他人のことは忘れて自分のことだけを考えている。優しくない。正しくない。美しくない。偏屈で嘘つきで、醜い。生きていても仕方ないが、死んでも誰のためにもなれない。生きていても何もできないのに、どうして生きているのだろうかと考えてしまう。

 

早く忘れてしまいたい。何も考えずに眠ってしまいたいが、それも今日はまだ無理のようである。

 

 

そう言えば、帰省を終えてこちらに戻ってきてから初めての投稿になる。1月6日の早朝にこちらに着いた。電車もバスもまだ動いていなかったので例のインターネットカフェに行った。3時間ほどで出る予定だったのだが、傷物語の公開日だったのでうまく上映時間前に終わるように6時間投げた。長時間高速バスに乗っていた体で6時間投げていたのでへとへとだったが、幸い眠りに落ちることなく映画を見終えることができた。傷物語物語シリーズの中でもとりわけお気に入りの作品の一つだった。

 

作品ごとに印象深い台詞があり、主人公と共に毎回僕のだめさに向き合わなくてはならないことになる物語シリーズだが、何だか今の僕の心境、そして先ほどまで書いていた内容は傷物語とよく馴染んでいる。だめ人間は傷物語を読んで(あるいは見て)思う存分感傷に浸ればいいと思う。何も解決しないし、何も改善されはしないだろうが。それにしても、阿良々木君は何をどうすればよかっただろう。何が正しかったのだろう。綺麗事を言うのは簡単だが、正しいことをすることは本当に難しい。

 

今日はひねくれものにはぴったりの腕時計が届く。多分いつも通りなら正午前に届くので、今日はそれまで寝ずに起きていようと思う。

 

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