pseudo-philosophe’s diary

他人の目があると思わないとうまく文章書けないので公開設定にはしてますが、目と頭の毒になるかもしれないのでふらっと立ち寄ってしまってもささっとお帰りになった方がよいかもしれません

12/23~12/31

前回から数えておよそ一週間ぶりの更新となるが、何から書こうか迷うことはなかった。特別なことは何もなかったし、目新しいことも何もなかったからだ。とはいえ、おさらい程度には振り返ることもいいだろう。

 

前回の更新の次の日である12月23日は、必要最低限な買い物に行く以外には家に籠りがちで外出をしない僕にとって、なんというか気分の浮き沈みの激しい日だったような気がする。その日は日雇いの仕事がある日だった。仕事に関しては普段通りであり、何度かやったことのある仕事だったので気楽にやり過ごすことができたので、その点についてはほとんど僕は一定の精神状態を保っていられたと思う。早く帰りたいとか何で働かなくてはいけないのだろうとか、こんなやり方は効率が悪いとかこの人手際悪いなとか、そんなニート臭いことは考えてはいたけれど。

 

では、そんな普段通りの日であるにもかかわらず、なぜ、そして何に僕が一喜一憂していたかと言うと、その職場で以前一緒になった女子大生(女子大生と言うといかがわしい雰囲気を感じ取ってしまうのは僕が汚れているからだろうか…)と再会したからである。単刀直入に言うと、そもそも人とあまり話さない生活をしている僕には、年の近い異性、しかも控えめに言ってもかわいい異性と話すのは大変なことだったのだ。抵抗というか抗体がないのだ。以前の僕なら会ったかもしれないそれが、今の僕には皆無だった。平静を装って話していたけれど、かなり挙動不審だったかもしれない。何故か暗い話で意気投合してしまって話が絶えなかったけれど(そう言えば以前会ったときもそうだった、休憩中ずっと暗い話をしていた)、それでも一度や二度しか会ったことのない人間と話すというのは神経を使うものである。手探りもいいところだった。

 

帰り道も一緒に帰ってくれた。優しい人もいたものである。一緒に帰ろうなんて誰かに言うのは久しぶりだった。まだよく知らない人間と話すのは神経を使うとか言っておいて、僕はやはり人恋しさには勝てなかったのだ(余談だが、この間宗教の勧誘に来た人と15分くらい立ち話をしたときには自分で自分に引いてしまった)。もちろん、彼女としては社交辞令と言うか、一種の外交のようなものの延長線上のことだったのかもしれないけれど。駅まで話しながら帰っていたとき、どんな話の流れで知ったのかは思い出せないが、彼女も喫煙者であることを知った。誰かと一緒にたばこを吸うなんて最低でも半年はしていなかったので、途中仙台駅で喫煙席のある喫茶店に入った。もちろん彼女が誘ってくれたわけではなかった(どれだけ人恋しかったのだ、僕は)。しかし、一緒に喫煙席に座ったまでは良かったものの、彼女はたばこを家に忘れたと言う。気を使わせてしまったと思った。そんな素振りを僕はは見せることができなかったけれど。どうして僕はうまく他人に気を使うことができないのだろうか。気の利いたことも言えず、彼女は軽食を取り、僕はたばこを吸っていた。

 

多分1時間も話してはいなかったけれど、そろそろ帰ろうかという頃合いに、「帰省したら友達とダーツに行く約束をしているから練習がてら今から行かないか」と言ってみた。意外にも快諾してくれた(ように見えた)ので、久しぶりに投げに行った。最後に行ったのは大学時代の友人が訪ねてきてくれた10月だったと思うので、二か月ぶりのことだったと思う。

 

ダーツが上手だったらよかったのだが、僕はまだ初心者の域を出ていなかった。彼女も彼女で三年ぶりのダーツだったそうだ。お互いまだ探り探りの関係だったにもかかわらず、気まずい空気にはならなかったと思う。途中僕のたばこを一本譲って、休憩がテラ一緒にたばこを吸うことができた。無理矢理彼女によこしたわけではないということは断っておく。僕に気を使って付いて来てくれたであろう相手に、何であれこれ以上の無理強いは人としてやってはいけないことだろう。2時間ほど投げて、その後は何もなく帰った。連絡先を聞くのは憚られたので、本当に何もなく帰った。勝ちの数は僕のが多かったけれど、最後のゲームは僕の負けで終わった。バイト終わりで体力がなかったなんて言い訳は見苦しいけれど、しかしながらそれは事実だった。いやでも、そうでなくとも実力的には大差なかった気もする。なんというか、その日の僕は、彼女と話していてとても楽しかった分、気を使わせてしまっていないかと思うと彼女の言動の一つ一つに喜んだり申し訳なくなったりと情けない僕だった。まあ、情けないのはいつものことだけれど。

 

24日と25日、世間ではクリスマスムードで盛り上がっていたのだと思う。僕は普段通り家でアニメを見てiPhoneでゲームをして過ごしていたけれど。ちなみに、彼女にこの両日の予定を聞くのは何だかプライベートを探るようで申し訳なかったのでしなかった。後になって彼女が言っていたのだが、普通に勉学に勤しんでいたということだった。なんだかほっとしていた自分に嫌気がさした。煩悩を捨てたいと心から思った。

 

にぎやかな土日が明けて26日の月曜日は、23日と同じ職場でのバイトだった。彼女も26日は出勤するとのことだったので、朝家を出るのが幾分辛くなかった。なるべく人と関わらないように生きようと決めていたのに、都合の良い頭の僕だった。彼女と会ってから、このような罪悪感と嫌悪感が肌にまとわりついていた。その日は何をしていても彼女のことが頭から離れなかった。情けない男とはこのような男のことを言うのだなと思った。年下の異性に(良い言い方ではないのはわかっているが)ほだされて、世捨て人を気取っていたくせにその人のことしか考えられなくなっているなんて、情けないというか生き汚いと言わざるをえない。あるいは、素直にみっともないと言うべきかもしれない。

 

その日の仕事が終わり(厳密には4時間ほどの残業があったのだが1時間ほど働いてからで二人で一緒に抜けた)、前回と同じく一緒に帰った。もう会えないのかと思うとうまく言葉が出てこなかったので、会話も弾まず、おそらく今までで一番気を使わせてしまっていたと思う。二人で電車に乗ってこの間のようにダーツにでも誘おうかと思っていたけれど、この間のような勢いが僕にはなかった。せめて夕ご飯をどこかで一緒に食べればよかったのだが、どこにもよらずに帰った。正確には、僕の家からの最寄り駅で一緒に降りて夕ご飯を食べる店を探すことになったのだが、その駅の周辺には何もなかったので駅に戻ったのだが。情けないの度を越していた。振り返って見るとあまりの不甲斐なさに言葉を失うくらいだ。結局、僕はもうヒトカラにでも行って自分を慰めようと思い、彼女にその旨を伝え一緒に改札をくぐることになった。別々の電車を待っていたときに、彼女が連絡先を交換しようと言ってくれたのがせめてもの救いだった。天使のような人だった。

 

翌日の27日と28日も同じ職場で仕事をした。29日も行く予定だったのだがキャンセルさせてもらった。その職場は商品の状態保持のためにおそらく10度以下に温度が設定されていたのだが、ここ数日の気温の低下も相まって、肩甲骨付近の筋肉の痺れがひどかったからだ。いや、正直に言えば、もはや彼女のいないこの職場に行くことには何の価値もないと悲嘆していたという身勝手な理由もないことはなかったが、それは抜きにしても腕が上がらなくなるほどには痺れるので休まざるを得なかったのだ。今後は気温などにも注意して仕事を選ばなければならないと反省している(こんなところで反省の意を見せたところで何の意味もないのだが)。

 

そんなことがあったが、29日は普段通りの生活を送った。つまり、特に書くことはない日々だったということだ。厳密には、やはり布団に入っていざ眠ろうとすると異種混交の、複雑怪奇な、ありていに言えば様々な観念が頭の中に居座っては去っていく日々であった。いつものように深夜の無駄遣いな日々であることには変わりなかったが、しかしそれを言葉にする気力もなく、ただ疲弊し、明け方にようやく眠りにつくことができた。

 

そして本日30日(時計の針はすでに0時を回っているので31日が始まっているのだが)は、家にいてはまずいという思いにふと囚われ、読みかけのエンターテイメント小説を持って外食に出かけた。そんな贅沢をしていいのかと思わない僕ではなかったが、そんなことを気にしている場合ではないと、動物としての本能のような何かが告げていた。何かが溜まっていたのだろう。焦りと言うべきか不安と言うべきか、あるいはその両方か。はたまたそのどちらでもない何かが溜まっていたのかもしれない。初めてのことではなかったし、そういうときは家を出れば息苦しさも和らぐので外食に出て正解だった。ただ、今回は一癖あったというか、すんなりと気持ちが落ち着くという運びにはならなかった。

 

料理を注文し待っている間、突然「ニートって何の略だっけ」なんて危険なことを考えてしまったのである。調べてもろくなことにはならないというのに。自分のだめさと、自分の狡さと、何より自分の身勝手さを改めて知ることになるのだから。結局、NEETの二つ目のEがEmploymentの略であることを確認した後、案の定「ニートの末路」みたいなまとめサイトに目を通してしまった。精神的な自傷癖でもあるのかと自分に言いたくなった。いや、そうではないと言えないことは明らかなのだが。だから料理が来ても全く食欲が湧かなかった。折角お金払うのに。料理冷めちゃうじゃん。そんなことを思っても手も胃も運ばれてきた食事に反応できなかった。

 

結論から言えば、たばこを何本か吸って幾分落ち着いたので、何とか食事を済ませることができた。食後にコーヒーを飲みながら読みかけの小説を消化して帰宅した。なんだか生きててもろくなことがないなと思った。自分にとっても他人にとっても。

 

この感覚がより具体的になってきたらいよいよかなと思いつつ、来年の10月に復学し今の半ニート状態から一時脱却できるので、不安九割期待一割を胸に抱いてキーボードを叩いていた次第である。長い振り返りになった。そしてやっぱり特別なことも目新しいこともなかった。免疫のなくなった僕がかわいい女の子に一喜一憂したことなんて、なんというかありがちな話ではないか。想定はしていなかったが、考えてみれば想定の範囲内という結果に落ち着いてしまう。情緒不安定なのもいつも通りだ。

 

年末だろうとなんだろうと僕はローテンションというか低空飛行なのである。年末特有の侘しさみたいなものを感じないだけましと言えよう。より一層低空飛行なんてことになったら墜落してしまうだろうが、多分そうならないのは帰省の際に会ってくれる人が僕にはまだいるからだろう。いつまでそんな状態を、こんな幸運を受け入れていられることができるのか僕にはわからないけれど。人間関係まで大掃除してしまいかねない僕には、現状維持すら難しく感じる。

 

無為な一年だったなんて思い始めてしまったうえに、気付けばもう5000文字近く駄文を弄んでしまった。明日からも僕はこんな人生を重ねていくのだろうか。