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pseudo-philosophe’s diary

他人の目があると思わないとうまく文章書けないので公開設定にはしてますが、目と頭の毒になるかもしれないのでふらっと立ち寄ってしまってもささっとお帰りになった方がよいかもしれません

少しは元気になりました(?)

18時30分頃に夕ご飯を食べ終えて、食後の一服したのちに本を読む。食後ということもあって割とすぐに眠くなった。しかし、いざ布団に入って寝ようとすると眠れず、不安がよぎる。本を読んでる間は精神的には安定していて、布団に入って寝れるかなーとか考えている辺りまではまだ安定していた。

 

眠れなさそうだと思ってしまってからは、なんというか急転直下だった。僕はすぐさまiPhoneで首吊りに失敗したときの後遺症を調べていた。なんでだろう。理由はわからない。ただ、やっぱり失敗すると生活に支障出るレベルの後遺症が残るし、治療費も入院費用もかかるし、リハビリなども含めたら相当なお金がかかるんだなと改めて認識した。

 

こういうことを繰り返して、頭の中から自殺の二文字が消えていけばいいなと思うけれど、なかなかすぐには消えてくれそうにないな。今日は夜冷え込みすごいし、明日朝早いから早めに寝たいんだけど、まだまだ次の日バイトってなると眠れない日々が続きそう。多分残りの出勤回数が減っていけば徐々に心に余裕出てきて、不眠のレベルも下がってくるんじゃないかと思う。

 

そういえば、ご飯を食べると胸焼けするようになった。今日の夕ご飯は焼うどんだったんだけど、味付けは薄めにしてたし、油の量も少なめにして、いろいろ気は使ってるのになあ。毎日同じようなもの(というか同じもの)ばかり食べてるのがいけないんだろうか。

 

食費はできるだけ抑えたいし、もし何かにお金かけるとしても一人暮らし始めたときの家財一式のリボ払い残ってるから、そっちの支払い差し引いても少し余裕できるように貯金に回したい。もう冬服がなくて物入りだったのも先月中に解決したし、今月はもう大した出費をすることもなく、来月の帰省に向けてお金貯めておきたい。

 

日雇いで働いてるけど、積極的に働きすぎると精神的なバランス取れなくなって結果あの二文字に付き纏われることになるから、今月は例外としてうまく仕事していきたい。

 

前の四つの記事に比べて、少し前向きなものの見方ができた気がする。読書効果かな。代わりに文字数が極端に減ったなあ。多分考えた時間も考えたことも少ないからだと思う。これくらいがちょうどいいなとは思うんだけど、なかなかこれを維持できない。仕事始まったら自分でも自分の精神状態がどうなるかわからないし…

 

何事もなく過ごせますように

 

 

なんて下書きを書いて、よしそろそろまた寝れるかチャレンジしてみようと思ったけど眠れなかった。明日のバイトがどうしても気掛かりになってしまっている。休みたい衝動に駆られるが、明日休んだところでまた行かなくてはならず、少しずつ仕事にも慣れれば、あと7回のうち最後の3回くらいは気楽にやれるんじゃないかと思えるようになった。

 

もちろん、行くのが億劫であることには変わらず、職場の人間に、俗な言い方だが「ビビって」しまっていることも変わっていない。職場にまだ慣れていないのもある。日雇いでも定期的に入る職場には案外馴染めるものなのだが、まあまだ2回しか行っていないのだし、慣れてないのは当たり前である。

 

だから、不慣れな自分に対して過剰に反応すべきではなく、不慣れな原因を職場環境や職場の人間に求めることも、まあ論理的な整合性を保ちながらそれを主張するのは少し難しいかなとさえ思えるようになった。しかし不安である。

 

不安だから布団に入って3時間たっても寝れないのだ。途中iPhoneをいじってしまったけれど、そもそもそうした機器のライトで覚醒してしまうというのはどうも信用できない。使い初めのうちはそうかもしれないけれど、むしろどんどん、それこそ慣れていくものではないだろうか。

 

話は逸れたが、明日きちんと起きれるか、この後1時間くらいで眠れるかが重要なのだ。不安に負けずに明日きちんとバイトに行けるか。不思議と普段にはない感覚、不安に勝ちたいという前向きな感覚を得られたのは大きな収穫だ。やはり「明日サボってもその後も数回行かなくてはならないのだからうんぬん」の件ですっきり納得できたのだろう。明日サボることは明らかに不合理なのである。

 

まあそうは言っても不安は消えない。そんな気楽な性格に生まれてはいないのだ。考え込んでも仕方ないよ〜なんて言える性格に生まれついていればよかったのだが。あと1時間もしないで日付が変わってしまうから、本日5度目のブログ更新を終わらせよう。