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pseudo-philosophe’s diary

他人の目があると思わないとうまく文章書けないので公開設定にはしてますが、目と頭の毒になるかもしれないのでふらっと立ち寄ってしまってもささっとお帰りになった方がよいかもしれません

四度目の正直

外は雪が降っている。恐ろしく寒い。暖房をつけていても罪悪感をあまり感じないほどに。

 

本日四回目の投稿になる。なぜこんなに多いのかと言えば、単純に眠れずに考えごとばかりしてしまっていたからである。とはいえ、四回目ともなるとネタがないような気もするが、しかし考えごとばかりしていたわけだから何を考えていたのかを振り返って書いてみればいい。僕は三回目の投稿の後、インターネット上での悩み相談サイトやメールでの悩み相談といった、電話や直接顔を合わせての形式での相談ではどもってしまって言葉が出なくなるからそうした類のものを探し、とりあえず今の心境を書いてみようと試みた。なので、基本的にはそれの焼き増しをここで書いていくことになる。今年度の始まりから今までの振り返りである。だいたい振り返り終わったら、どうせぐちやら何やらが心の底から、頭の中のいたるところから湧いてくるだろうから、いつものように感情に任せてタイプしていこう。

 

ちなみに、先述した相談サイトには頼らないことにした。何を相談すればいいかわからなかったからだ。他人に聞くようなことじゃない気がしたのだ。他人が答えを知っているような悩みではない気がしたのだ。では、とっとと書いていくことにしよう。

 

本来ならば、僕は大学院一年目、つまり修士一年(M1というやつだ)で哲学の研究をしているはずの人間である。去年留学から帰ってきて、今年大学卒業後、就職活動は一切せずに東京の大学から仙台の大学院へ進学した。僕には社会に出て歯車のように働くことはできないと感じていたからだ。中学生くらいの頃からそれを感じていた。大学院で何かをやりたいというよりも、ただ社会に出ることから逃げたくて進学した次第だ。だから、進学先も雑に決めてしまった。受けたい授業があるとか、この教授の下で研究したいとか、そういうのがあってこちらに来たわけではないのである。親元を離れ、奨学金と仕送りで生活する予定だったが、進学理由からもすぐに想像できるように、僕は大学院の授業が始まって数週間、四月の間に「ここにいても何も楽しくない」と思うようになり、むしろそうした自分のだめさを改めて痛感し、劣等感で消えてしまいたくなった。そしてしばらくして休学した。八月の終わりのことだった。退学しなかったのは、するかどうかも分からない就活に響くかもしれないと考えたからだ。

 

四月から八月の間の四か月間、僕は半ば引きこもり状態だった。八月に一度帰省し、親に休学のことを相談し、仙台に戻り休学届を提出した。それから二か月間ほどは何もできない日々で、引きこもりの延長戦のような感じだった。しかし、休学中は奨学金をもらえないし、親に迷惑ばかりかけて申し訳ないのでバイトをすることに決めた。いくつかのバイトの面接を受けたが、すべて落ちた。最後の手段として、派遣会社に登録し、現在は日雇いの仕事をしている。大学時代は普通にバイトもしていたので、少し昔の自分に戻れたような気になれた。ただ、決定的に違うのは、以前から自分が死ぬことを考えてはいたが、今では死ぬことを実行に移そうとしていることだろう。死なないと分かっていても市販の薬を大量に飲んでしまったり、首吊りの練習をしてしまったり。精神科に行こうとも考え始めている。

 

当たり前のことだが、他人に迷惑はかけたくはない。しかし、平凡で陳腐な言い方にはなるが、生きているのも辛い。心が重く、そしてきつく縛り付けられているような毎日である。助けて欲しいと思っているが、誰に助けてもらえばいいのかさえわからない。親にはこれ以上迷惑をかけたくないから、実家に戻って今の自分を見られたくない。どうしたらいいのか、本当によくわからない。

 

僕には僕と言う人間のことがよくわからない。日雇いの仕事も作業の説明に納得できないと仕事にも集中できない。説明が分からなくて聞き返すと怒られてしまう。他人の気持ちを考えるようにしているが、それでも他人というものがよく分からず、癇に障ってしまうことを言ってしまう。だから高校時代や大学時代の仲の良かった人間以外とは、近頃は仲良くなれていない。それに、その仲良くしてくれていた旧友とも関わり方が分からなくなり、疎遠になってきている。何に怯えているのかも分からないまま、突然指先が震えたり、呼吸が苦しくなったり、うめき声を出してしまう。なので極力家から出ていない。他人の視線を今以上恐ろしいものと思いたくないからだ。しかし、今月のバイトのスケジュールはもう決まってしまっているし、身動きができない状態である。

 

誰に何を相談したらいいのかも分からず、何を悩んでいるのかも分からず、余計自分のことが分からなくなる毎日です。辛いし苦しいけど、楽になるための方法でさえ、おそらくその説明に納得できなければ実行に移せないのだ。ここまで書いてみて、どこまで自分勝手で自己中心的な人間なのだ!と、自分自身に怒りがわいてくる。

 

ふと時計を見る。15時少し前である。明日の今頃、僕の頭はイライラで溢れているだろうか。もやもやで埋め尽くされているだろうか。悲しみで一杯一杯になってしまっているだろうか。あと15時間ほど経ったら僕は起床し、身支度を整え、それから家を出る。早く現場についてしまうだろうから道中コンビニにでもよってたばこを吸って時間を潰すだろう。19時間後には仕事が始まる。それから約7時間ほどはずっと心が押し潰されるような心地のままだろう。明日の仕事が終わっても、その次の日も同じ職場である。水曜日には別の職場へ行く。少し気が楽になる。それが終わったらまた二日間、苦しい思いをしに行くのだ。

 

次の週は月曜から水曜までの三日間肩身の狭い思いをし、一日休んで楽な方の職場へ。その週できつい職場での仕事はもう終わりである。そう思うと、やはり心が少し落ち着く。しかしあと二週間もやっていけるのだろうかと思ってしまう。そんな心境である。今月は10月や11月と違い週4から週5勤務なので、心労がこれまでの比ではない。いつからこんなに神経の磨り減る速さが加速していったのだろうか。あと二週間。あと二週間だ。明日を乗り切って、明後日を乗り切って、明々後日で少し気が楽になって、その後二日間は土日のことを考えて何とか乗り切る。土日の二日間を家で過ごし、次の週の月曜から水曜日を、「もう少しでこの職場ともおさらばだ、この老人ともおさらばだ」と自分に言い聞かせながら耐える。そうすれば、もう今月の気苦労は終わると言っていい。あとは帰省に向けて心を落ち着かせていけばいいのだ。早まったことをしないように。親に今後の身の振り方を聞かれてもきちんと答えられるように。

 

まだ24年しか生きていないが、物凄く長い時間だった。それに比べれば二週間なんてあっという間だろう。まあ、心の底からこれからの二週間をあっという間だなんて到底思えないけれど、物は考えようと言うし、嘘も方便とも言う。こういういざというときの危機回避能力は哲学的には致命的な欠点になりうるが、今はその嘘に騙されていた方が身のためだろう。

 

これ以上書くと、せっかく後二週間の間の努力の方向性が見えてきた矢先に、また暗い気持ちになりそうなのでやめにしよう。

 

明日明後日は仕事できなくなるくらいに天気が荒れてしまえばいいのに。