pseudo-philosophe’s diary

他人の目があると思わないとうまく文章書けないので公開設定にはしてますが、目と頭の毒になるかもしれないのでふらっと立ち寄ってしまってもささっとお帰りになった方がよいかもしれません

振り返り、振り出しに戻る

今日は特にやることもなく、午前中は寝て過ごし、午後もぼーっとしていた。つまり、ご飯というかお菓子を食べて、アニメを見ながらiPhoneでゲームをしていたわけである。それ以外にやりたいことはなかったし、もちろんやらなくてはいけないこともなかった。たまには外に出て遊ぶべきではないかと思うこともあるが、やはり外に出てまでやりたいことはない。家の中にいるのが一番安全である。一目に触れず、一日一日が終わるのをじっと待つ方が、今の僕には性に合っている。

 

明日もバイトはなく、お休みである。土曜と日曜はバイトはいれないことにしているのだ。正直、僕みたいな社会不適合者は働いても他人に不快な思いをさせるか、他人から不快にさせられて、そしてそれを口には出せずため込んでしまうだけなので、早く大学院に戻って労働という言葉から距離を置いた方がいい気がする。

 

とにかく、今日も明日もお休みである。何をしてもふいに頭痛で襲われるし、椎間板が増えることはないから腰痛も絶えないから体はともかく、心はしっかり休ませなくてはならなかった。明日もお休みなのに「ならなかった」と過去形で書くのはおかしいと思うが、しかし今日の時点でそれができていないのだから仕方ない。月曜の職場のことを考えると、気分が落ち込むことはあっても高揚することはないし、僕にはふと頭によぎってしまうものから身を守るすべはない。どうしても考え込んでしまう人間なのだ。

 

首でも吊ってしまえばもう仕事に怯えることはなく心配事もないが、そこまでしなくても風邪引いて熱も出ていてとてもではないが肉体労働系の職場で働ける状態ではないと嘘でもついて休んでしまおうかと思ったが、やはりもう他人に迷惑ばかりかけていられないので、そんなことはしてはならないと考え直した。とはいえ、この精神状態で12月を乗り切れるのか不安である。もちろん、心に浮き沈みが少ないとは言ってもまったく浮き上がらないわけではないので、少しくらい元気になるときはある。仕事の辛い部分ばかり考えてしまって、いや僕の場合仕事に限らず、何に対しても悪いことばかりに目がいってしまうので、今日は今月入る二つの職場での作業をおさらいし、良いところと悪いところをまとめておこうと思う。別に社外秘なわけではないし、この職場特有の仕事があるというわけでもないから、問題ないだろう。また、人間関係についても考えたらきりがないこともわかっているので、「どのような人間がいるか」ではなく「どのような仕事をするか」についてだけ書いていくことにする。

 

一つ目は残り七回足を運ぶことになる肉体労働系の職場である。移転補助業務をする。トラックから荷物が運ばれてきて、まずはその荷卸し。荷卸しには台車が使われる。次になるべく運ぶ場所ごとに荷物をまとめて近くのエレベーターまで持っていく。そう言えば、その荷物を運ぶ通り道には、屋内の壁や床を傷つけないように養生シートが張ってあったりするのだが、屋外である搬入口にはそういったものはないので、地面にシートを張る。これが勤務時間になったらまずやらなくてはならないことだ。話を戻すが、エレベーターまで荷物を持っていったら、そこに入るだけ荷物を詰めて目的の部屋のある階にまで運んで行く。そこからは部屋に荷物を持っていき、何をどこに置けばよいのかの確認をしながらの作業になる。そして、荷物を置き次第、台車や不要になったダンボールをまとめたり、ゴミが出たらゴミをまとめる作業に入る。ここまで終えたら、次のトラックを待ち、同じ作業の繰り返しというわけである。

 

大きく分けて荷卸しからエレベーターまで運ぶ係、エレベーターのところで待機してスムーズに荷物を上に上げたり台車を回収する係、目的の部屋のある階で荷物が上がってくるのを待ち部屋へ運び設置する係の三つに分かれて仕事をするが、僕の登録している派遣会社から来ている人間はは主に最初に書いた係を担当することになる。この係は2つ目に書いた係から台車を受け取り順次荷卸しをしたり、また、荷卸しが終わり次第手が空き一番初めにフリーになるから、段ボールやゴミを回収する作業を率先して行うことになる。ここまでが仕事の概説である。あとはまあ、グループのリーダーさんや肉体労働を普段から行っていて、僕らとは違う会社から派遣されたいわゆるベテランの人たちの指示に従っておけば問題はない。

 

ただ、彼らはなぜか声がこもっていて聞き取りづらいことがあったり、自分たちの知っている言葉を僕も知っていることを前提で話したりするので何を言っているのか分かりづらいことが多々ある。また、逆にやたら声が大きかったり乱暴な言葉遣いだったりしてこちらが縮こまってしまったりもする。僕はこれがこの仕事で一番嫌で、考えただけで心が重くなってしまう。ちなみに二番目に嫌なのは、周りは肉体労働や物流の仕事に慣れている人ばかりなので、与えられた役割以外の仕事を自分で探さなくてはならないときには、ほぼ他の人がやるべき仕事を僕より先に見つけてやってしまっているので申し訳ないし、居場所がない感じがすることである。人間については書かないことにしていたが、これは書いておかないと気が晴れないのでカウントしないでおこう。。。

 

では、良いところと悪いところを書いていこう。良いところは、トラックが来るまでの待機時間が意外と長かったりするので、思ったほど体を動かす時間は少ない。さらに、重たい荷物を荷卸しするときは「一人で持て」なんて言われることはないので、腕や腰に負担が掛かることもほぼないし、荷物を運ぶときは台車を使うので肉体労働系の職場ではあるが肉体的な負担は単純な立ち仕事よりも少ないかもしれない。次に悪いところだが、仕事内容においては悪いところはあまりない。トラックまでの待ち時間が長いと寒くて体が冷えるとか、そんな些細なことくらいである。あくまで、「仕事内容においては」だが。

 

仕事をおさらいして良いところと悪いところをまとめてみると、やはり精神的な負担さえなければこの仕事に僕が怯える点は皆無と言っていい。この一文ですべてが解決する。あまりに単純だ。僕の弱さが悪いのだということを改めて痛感してしまって、せっかく職場ごとの良いところに目を向けようと努力していたのに早くもくじけそうである。というか、普通にくじけている。一段と気が重くなった。

 

残るもう一つの職場についてさっさと書いて終わらせてしまおう。終わったところで何が変わるわけでもないのだが。二つ目の職場は、お歳暮の梱包が主な仕事であり、こちらには残り六回足を運ぶ。倉庫のような場所で働くのだが、お歳暮を入れるための箱とふた(これはワゴンにおかれていて、それぞれが同じワゴン内に分離されたかたちで置かれているが、箱とふたがまだ分けられていない状態の箱もある)が大量に用意されていて、四つある壁の三面にそって置かれており、残りの一面はお歳暮である数種類の商品が並べられている。五人から六人が並んで作業できるくらいの長いテーブルが四つあり、それぞれのテーブルで基本的に同じことをする。

 

まずはテーブルを仕切るリーダーの方から伝票をもらい、その枚数が言われた枚数と合っているかを確認し、箱に詰めていく係が一人。ただ、商品は一つの箱に対して数種類入れることが多いので箱詰めは二人体制で行う。二つ目の係は先に書いた係と箱詰めを分担して行う係である。三つ目の係は、商品が詰められた箱に、指定されたとおりに商品が詰められているのかを確認し、必要なチラシ紙を挟んでふたをする係で、この仕事は1人で行う。二つ目と三つ目の係の人は、一つ目の係の人が伝票の枚数確認をしている間に必要な数の箱とふたを持ってきたり、さらに二つ目の係の人は一つ目の係の人と一緒に必要な種類の商品を持ってきたりする。四つ目の係は梱包で、箱を紙で包んだりする。五人で流れ作業をする場合は一人、六人で流れ作業をする場合は二人で行うようだ(「ようだ」というのは僕が二つ目と三つ目の係しかやったことがなく、四つ目の係と次に書く五つ目の係は遠目で見るくらいであまりよく知らないからだ)。最後の係は梱包された商品を出荷できる状態にする。宅配便でお歳暮を送るので、条件に応じてシールを貼ったりするのだろう。以上が基本的な仕事であり、一つ目から三つ目の係の人は手が空き次第梱包を手伝ったり、箱とふたが分けられていない状態の箱をそれぞれに分けたりする。これが二つ目の職場のおさらいである。

 

良いところとしては、まあどの作業も特に力がいるわけでも技術がいるわけでもないところだろうか。あとは、たまにかまぼこ(この職場はかまぼこのお歳暮の梱包を行う)がもらえる。悪いところとしては、残業が長いときだと二時間半くらいあることだろう。正直二つ目の職場には大した不満はないので、あまり書くことがない。強いて言うなら僕みたいな人間が比較的多く集まっているので、コミュニケーションを取るときに、一つ目の職場とは違う意味で不快な気分を味わってしまうことくらいだろう。その違いを上手に説明することはできないが、「前者は人の気持ちが考えられないというわけではないのだろうけれど、あまりそれについていちいち考えて仕事はしない人たちだが、後者は人の気持ちを考えるのが苦手な人たちである」と言えるかもしれない。穴だらけの理屈で、というか直観的に感じたことを参考にこの説明を書いているので、まああてにはならない(誰かのあてになるようにこのブログを書いているわけではないから別にいいのだが)。

 

今月僕が働く二つの職場の仕事をおさらいして、良いところと悪いところをまとめてみたが、やはり自分に合う職場と合わない職場では精神的な負担の密度が違うということが、この記事を書くことによって改めて分かった。心で痛感している。二つ目の職場について書いているときには、一つ目の職場について書いているときに感じた重苦しい感じがなかったからである。感覚的な言葉でしか書き残せないものだから仕方ないし、このブログを読み返すことは多分ないけれど、なんだか書いていて気分はすっきりしても何かがはっきりわかるような感覚にはめぐり合えないことが残念である。

 

合計十三回、職場ごとで言えば前者が七回で後者が六回、実質前者の七回が僕には辛く苦しいものであるという事実は、あまり軽減されなかった。逃げ出したい気持ちもなくならない。自殺していなくなりたい気持ちも、やはりなくならない。ただ、少し冷静にはなれたと思う。冷静になれたことで、なおのこと自分の精神的な未熟さや弱さ、脆さが生きていくうえでの諸問題の根源であることも改めて実感した。

 

なにも、どうにもならない。